先週末に法事のためにわたしの実家に帰省しました。
さかのぼって今月7日には、わたしの母から氷室冴子さんの訃報を知らせるメールがありました。わたしもインターネットのニュースおよび新聞でも読んだため知っていましたが、それよりわたしが氷室ファンだってよく知ってたな・・・というほうが驚きでした。
そのことを問うと、「2階に(元わたしの部屋)本がたくさんあったから」とのこと。娘の本棚も見てたのね。
実家にはわたしの本がまだたくさん残っています。嫁入り道具として持って行くには多すぎ、かといって捨てるのももったいないので取ってあります。せっかく実家に行ったのだから、置いたままになっている氷室さんの本を何か読みたいなあ・・・と
『冴子の東京物語』(集英社文庫)を持って帰ってきました。
これはコバルトシリーズではなく、普通の文庫本です。1990年発行のようですが、いつ買ったものかは覚えていません。
パラパラとめくってみましたが、内容をすっかり忘れていました。
”東京物語”と銘打ってはありますが、ご本人も書いておられるとおり東京っぽい物語は何にもありません。超長電話魔の冴子先生が電話代にクラクラし、(当時冴子先生は北海道在住で、電話仲間の多くは東京在住。毎月の電話代が6桁になったと書いておられる)、この電話代で東京に部屋が借りられると気づいて、電話代を浮かすために東京に引っ越してきた・・・そんな折に書いたものをまとめたので『東京物語』なのだそうです。
そういえば他の本でもすごい引越し魔で、クロネコヤマトからCM出演以来が来たことがあると書いておられたっけ。
そうだったそうだった、などと自分の記憶も辿りつつ読みました。
ところで、へぇ~~っと驚いてしまったのが、”アンケートをとりたい”の章。以下引用
私は素敵な小説を読むと、読後の印象に残っているシーンや会話をアトランダムに組み立てて、即興でひとり芝居をやって楽しんでいた。・・・中略
ところが、最近気づいたのだけれど、本を読んで、読後の興奮そのままにひとり芝居になだれ込むのは、どうやら一般的ではないらしいのである。
わたしは他人がどんなふうに本を読んでいるのかなんて、考えたことも無かったのだけど、こういうひとり芝居派がおられる(一般的ではないにしても)というのが驚きでした。
他の本でも”好きな文章は声に出して読んで、どっぷりと浸る・・・”といった趣旨のことを語っておられた気がします。
わたしは戯曲を読むのが苦手で、セリフとト書を読むだけでは内容がイマイチ頭に入ってこないよ・・・と思っていたのだけれど、これはこの本文の中で語られているように、”戯曲を読むとき、朗読して、ト書の通りに行動する”という冴子先生風の読み方をしていなかったせいかもしれないと思いました。
今度は戯曲は朗読してみよう、ト書のように行動してみよう・・・そうしたらもっと状況把握ができるかもしれないし、感動するかもしれませんね。
ところでわたしの手持ちの戯曲って今のところ”サロメ”しかありません。サロメ・・・演じられるかしら?
最近のコメント